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国志(さんごくし)は知っているけど、三国演義(さんごくえんぎ)は聞いたことがありません」という方が結構います。三国演義の英語名は「the romance of three kingdoms」で、中国古代初めの長編小説と同時に、演義小説の傑作とも言われています。三国演義は、紅楼夢(こうろうむ)、水滸伝(すいこでん)、西遊記(さいゆうき)と並んで中国4大名作(4大小説)とされています。

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西遊記

三国演義の作者

三国演義の作者は、中国明の時代の施耐庵(中国語でshinaianと発音)、羅貫中(中国語でluoguanzhongと発音)です。施耐庵と羅貫中が三国の物語をまとめ直しして、三国志などの歴史から小説の筋に適合する情報を取捨選択すると同時に加工した小説が「三国演義(三国志通俗演義)」です。日本では大変人気のある三国志ですが、残念なことに中国の4大名作とは言われていません。

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三国志(さんごくし)の構成

三国志は、全巻65巻となっていますが、詳しく言うと「魏書」30巻、「呉書」20巻、「蜀書」15巻が含まれています。三国志は名のとおり、主に魏・呉・蜀三国の歴史を中心として語られています。三国志は、中国後漢末期から三国時代にかけて(180年頃 〜280年頃)の興亡史の通称であります。三国志は、多くの日本人に親しまれている「中国の超大作」とも言えます。

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三国志の作者

三国志の作者は、ほぼ同時代の歴史家陳寿(中国語でchentaoと発音、233年 〜297年)です。陳寿は西晋巴西安漢(今の四川南充北)の人で、この時代の出来事について記載したのが三国志です。陳寿は小さい頃から勉強が好きで、特に史学に大変興味を持っていました。陳寿が三国志を書き始めたのは、彼が48歳の時でした。実は陳寿が三国志を書き始める前に、「魏書」、「呉書」など魏・呉・蜀の三国に関する歴史著書はありました。

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三国志の形成過程

「三国志」の前に魏・呉・蜀の三国に関する歴史著書はあったものの、統一性がなく、短編的に書かれた著書ばかりで、陳寿の「三国志」に勝るものはありませんでした。陳寿は三国時代の人で、蜀が滅びる時彼は31歳でした。彼が書いた「三国志」は、陳寿が経験したその時代、その時の出来事だったので真実性が伝わってきます。作者の見聞、感想がそのまま綴られている三国志は、信頼性が高い歴史書としても注目を浴びています。

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三国志は作者の自伝?

三国志は魏・呉・蜀三国の歴史を中心と語っていますが、実は作者自身の自伝でもあります。三国志の作者が生きていた時代は、政治と軍事など各種の関係が大変複雑に絡み合っている時代でもありました。その時代に生きた作者は、政治的配慮から三国の真実を伝えるために様々な工夫をしています。各方面からくるだろうと予想される非難を極力避け、三国の真実を後世に伝えようとした作者の強い信念は、小説の各場面から読み取ることができます。

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三国志の遺憾な部分

作者の意思がいくら強くても、政治的理由(非難)で多くの部分ははっきり書くことができませんでした。例えば、その時代の有名な人物のスキャンダルなどは批判の恐れを考慮しはっきり書いていなし、また多くは書くことを止めています。三国の時代に生きていた作者だったので、三国に関する資料を集める上で便利な一面がある反面、このような不便な部分もありました。これは、また作品の遺憾な部分として次の世代に評価されています。

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三国志11が中国に逆輸入

歴史シュミレーションゲームである三国志11は、三国志シリーズの第11部作です。三国志7、8、9、10、11と次から次へとバージョンアップしていくゲームは、日本のみならず世界のゲームファンを魅了しています。中国の歴史小説が日本でゲームとして生まれ変わって中国に逆輸入しているのは、実に面白いことです。中国語版三国志11、繁体字(台湾や香港で使用している文字)版三国志11は、中国のゲームファンを魅了しています。三国志11攻略の中国語版も中国のネットや市場で出回っています。

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