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国の人で西遊記を知らない人はまずいないと言ってもいいぐらい、中国の人にとって西遊記の存在は大きいものです。中国古典4大名作は、西遊記(さいゆうき)、三国演義(さんこくえんぎ)、紅楼夢(こうろうむ)、水滸伝(すいこでん)と、中国の人は学校で必ず教われます。それぞれの作者、出身、経歴などについても歴史の教科書に詳しく書いています。中国の4大名作(4大小説)は中国のみならず世界でも大変有名で、西遊記と三国演義(三国志)は特に日本で大変人気があります。

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西遊記

西遊記と呉承恩

中国の人は、西遊記と作者である呉承恩(ごしょうおん)をセットで覚えます。歴史のテストでよく出される問題の一つは、「西遊記の作者は誰ですか」です。西遊記の作者呉承恩は、中国准安府(今の江蘇省准安市)山陽の人で、1500〜1510年の生まれとされていて定かではありませんが、無くなった年ははっきりしていて1582年です。呉承恩は民間伝説と当時の歌曲を元にして、また豊かな想像力とテクニックを加え、中国人が世界に誇る文学作品「西遊記」を書き上げました。

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呉承恩の経歴

呉承恩の曽祖父と祖父は知識人で、県庁に勤めたこともありますが、呉承恩のお父さんの代になって一家は貧乏になり、商人となりました。当時の中国で商人は知識人より下の階級で、また良い職業とされていませんでした。しかし、呉家は読書と勉学の伝統を守り続けました。呉承恩の父呉鋭は、商人ながら読書が大好きで、また政治を論ずるのが好きでした。呉承恩が父から受けた影響は大きいものでした。

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呉承恩の不運

呉承恩は小さいころから聡明で、幼い年にして学校に通います。勉強ができて大変利口であったので、その村で呉承恩の名を知らない人はいなかったそうです。しかし、成人になってからは何事もうまくいかず不運の連続です。科挙の試験には何度も失敗し、科挙の道と段々遠くなっていきます。40歳になってからやっと大変暇で小さな役職をもらうことになります。西遊記は、呉承恩が中年若しくは晩年に書いた作品と推測されています。

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西遊記に託した呉承恩の思い

どんな文学作品でもその時代、その時の社会生活を反映することができます。神と妖怪が数多く登場する西遊記も例外ではありません。西遊記の作者呉承恩は、西遊記を通して当時の社会を風刺し、役人たちの腐敗を暴露すると同時に、貧困に苦しむ庶民たちに同情の気持ちを表しています。西遊記という作品の中で、神であろうが妖怪であろうが、豊かな感情、場合によっては人情も持っています。呉承恩は妖怪ですら人情を持っている中、自分の利益に全てを惜しまない役人たちへの批判と憤慨を西遊記に託して、世の中に訴えたかったのです。作者は自分の気持ちすべてを小説「西遊記」に注ぎました。

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西遊記の作者の願い

西遊記の幻想に満ちた神と妖怪の世界はある意味、現実社会の鏡でもあります。作者の思いと願いが一番こもっているのは、「西遊記」の作品の中でも孫悟空に関する描写だと言えます。如意棒を振るい、どんな敵も恐れず、またどんな悪魔でも撤去できる孫悟空は、庶民の願望と要望の表れです。孫悟空は正義の味方であり、また庶民の味方でもあります。西遊記の作者は何事も恐れず、どんなに大きな困難でも次から次と倒していく孫悟空を通して、苦難の生活から必ず脱出できるという強い信念を表しています。

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孫悟空は作者の分身

小説「西遊記」の中で、三蔵法師は西への旅の中で九九八十一の苦難を経験しますが、それを助ける主な役割は孫悟空、猪八戒、沙悟浄の3人の弟子が果たしています。孫悟空の役割と功労は言うまでも無く一番大きなものです。孫悟空無しの西遊記はまず存在しません。三蔵法師と3人の弟子たちの長旅で現れる妖怪と自然災難は、当時人民を苦しませている悪官僚の象徴でもあります。西遊記の作者は孫悟空に全ての願望を託しつつ、自分が孫悟空でありたいという強い願いを作品で表現しています。こういった意味で、孫悟空は作者の分身だと言えます。

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  • 西遊記の概要
  • 西遊記の主要登場人物
  • 登場する敵妖怪
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  • 西遊記の西遊記と並ぶ中国の四大名作
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